2017年6月26日月曜日

同じ(ような)色でも評価の異なる理由について

「色は(検討・選定に関して)パラメータが多すぎる。」
とある照明デザイナーの方に(…何度も)言われた言葉です。パラメータとはコンピュータ―用語で「プログラムの動作条件を与えるための情報」などと言われ、なるほど、情報がデジタルに変換される照明の世界においては、正確に光を制御したり演出したりするために情報を緻密にコントロールすることが不可欠なのだと感じます。

昨晩、NHKスペシャルで「人工知能 天使か悪魔か2017」という番組が放映されました。最近、金融関係の方にこの分野の応用が最も進んでいるのは金融業界という話を聞いていたので、最先端に対する理解が深まった一方、この分野の進化はいったいどこまで検討・選定を必要とする(される)領域に変化や改革をもたらすのか、といったことを考えています。
(※既にある領域においては相当な改革をもたらしていることを大前提として)

話を環境色彩デザインに戻しまして。
先日、弊社所長のFacebookへの投稿により隅田川に掛かる蔵前橋の塗装が完了したことを知りました。墨田区の景観アドバイザー会議でも検討・審議がなされ、かなり彩度の高かった黄色が穏やかなクリーム色に変わったそうです(色の系統は現行のものを継承し、全体に彩度を下げる、色数を減らし統一感を出す等の、隅田川にかかる橋梁全体の検証・検討がなされています)。

※蔵前橋の色についてはこちらに詳細の記載あり。

なぜその色なのかということを考える時、特に公共施設・設備については何かのイメージを当てはめられたり、無難そうだからといった理由で決められているものが少なくありません。(前述の蔵前橋は「川沿いに建ち並んでいた米蔵→稲穂の色」からの連想だとか。)

蔵前橋・2014年2月撮影。
写真は再塗装を施す前の蔵前橋です。彩度は12程度(2.5Y系・JISでは最高彩度が14なのでほぼ純色)ありました。「鮮やかな色は活気があっていい」「東京は既にごちゃごちゃ、周囲の屋外広告物の方がひどい」などの意見があることは百も承知の上で書きますが。
やはり「派手な黄色がとにかくダメ」なのではなく、

①舗装の色(相)やパターンとの色彩的な不調和感。
②周囲の建築物等(特に右手にあるR系の外装色)との色彩的な不調和感。
③鮮やかな色が持つ印象と工作物の相性(他に類を見ない派手さ・物質の持つ素材感や橋梁としての量感を打ち消す無機質さ)。
が問題なのではないか、と考えています。

そういう解き方(視点)で考えると、「あの派手な黄色は良好な景色になりにくいが、この鮮やかな黄色は良い(雰囲気だと感じる)のは何故か」が証明できるのではないか、というのが自身にとってのひとつの仮設であり、評価や判断の指針です。

小布施町にて。2013年10月。
写真は長野県の小布施町で見かけたカフェテラスの一画です。こちらも景色の一部に鮮やかな黄色が見えていますが、同じ(ような)色でも随分と印象が異なるのではないでしょうか。
これを先の解き方で考えてみると。

①舗装の色が低彩度でまとめられており、建築外装と一体的に「地」がつくり出されている。
②周囲の建築物や樹木(幹)等は暖色系の低彩度色に納まっている。
③鮮やかな色が持つ印象と対象物の相性(テントの柔らかな素材感(布)、開閉が想像されるので定位した塊ではなく、色の存在が現象として認識できる…等)。

を基準に、評価や判断をすることができるのではないかと仮説を立てています。

この仮説が完璧で、どのような人にも通じるという自信がある訳ではありませんが。歴史や文化、デザインの質や個人の嗜好などを超えて共通の認識を(もちろん完全にではなく)どう持てるか(持つことが可能か)、ということをいつも考えています。

冒頭のAIに話を戻しますと。いずれこうした判断を客観的に人工知能が示してくれる時代が来るのかも知れません(技術的には充分可能だと思います)。根拠を持たないその場限りの印象論(鮮やかな色は活気があって良い・東京には既に秩序はない…等々)を、人の心理や感情を省いた人工知能に支配される環境が理想だとは到底思えませんが、都度理詰めで解説することにいささか疲れを感じてしまうこともあります。

そんな時、支えになるのは所長がよく言っていた「何を・どうするか、すべきか、最後は自分に聞け」という言葉です(あれ?最近言われなくなったなあ…)。
今のところは周囲の人たちの心理や感情をくみ取りながら、最適解を導き出していくといった地道なやり方に、可能性を感じていることも確かな事実です。

パラメータが多すぎると言われようが、(環境色彩計画によって)まちに活気がなくなると言われようが。それもそうかも知れませんけど、こういう見方もありますよねー、ということを体感によって証明し続けていくしかない、というのが(今のところ)自身の答えではあります。

…わかっているなら黙ってやれ、ということですね。

2017年3月3日金曜日

建築・土木設計を学ぶ学生のための色彩学⑱-かたちや空間に色を与える意味とは?

たまには、いきなり結論から参ります。
かたちや空間に色を与えることは、空間や環境認知の手がかりをつくるためではないか、と思うのです。

とあるプロジェクトの会議の際、設計者の方から「そういえば、東雲にカラフルな天井ありましたよね」と言われ、確か写真を撮っていたなと思い探したところ、ありました、ちゃんと。

東雲キャナルコートCODAN・3街区

東雲キャナルコートCODAN、ご存知の方も多いことでしょう。平成15年~17年にかけて竣工とありますから、かれこれ1214年が経過しています。

「住むことをデザインする」をコンセプトにつくられた新しい都市型住宅には、様々なアイデアや実験的な試みが盛り込まれています。

建築的なあれこれは、専門の方にお譲りするとして…。
主に素材(色)がファサードの構成要素となっている中、この街区を歩いているとそこかしこにカラフルな色が見え隠れしていることに気が付きます。中でも自身が最も印象的だったのは3街区(基本設計:隈研吾建築都市設計事務所、実施設計・施工:アール・アイ・エー、前田・間・長谷工建設工事 共同企業体)の「ヴォイド」と呼ばれるコモンスペース(共用空間)の配色です。

例えば、エントランス部分、吹抜け空間にはモザイクパターンが展開され、壁や天井に多色が配されています。光と風をふんだんに取り込むためのヴォイド/吹抜け空間の演出ということを考える時、この配色が奥へ向かうほど暗さを増していくさま(奥行感)が色彩により強調されていたり、庇を通して差し込む陽射しにより色の濃淡が変化し、より印象的なコントラストを生みだしたりしている様子が見て取れます。
(…2009年時には分析する力が乏しく、とてもこういう表現はできなかったなあ、と思いつつ。)

モザイクパターンと影のパターンが重なりあい、多様な景色が描かれています。

もちろん、白一色の空間でも同じような効果は体験できるはずです。でも色彩があることで強調されたり、より印象に感じられたりする―。

かたちや空間と色彩が合いまる(=互いに効果を与え合う)ことで、かたちや空間の特性がより明確に=認知のための手がかりとなるのではないかということを考えながら、検証と実践を繰り返して行きたいと考えています。

もちろん、その手掛かりが余計なお世話、になる可能性にも充分配慮しながら。

自己紹介

自分の写真
色彩計画家/環境色彩デザイン/いろでまちをつなぐ/MATECO代表/色彩の現象性/まちあるき/ART/武蔵野美術大学・静岡文化芸術大学非常勤講師/港区・山梨県・八王子市景観アドバイザー/10YRCLUB/箱好き/土のコレクション/舟越桂